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中谷ミチコ展「影とぽっこり」内覧会(7月5日)あいさつ

 秋野不矩の会の井上 迅です。

 中谷ミチコ展「影とぽっこり」が、ここ秋野不矩美術館で開催されることを心より嬉しく思います。

 そもそも、中谷ミチコさんの展覧会を秋野不矩美術館で開催出来たら良いなぁ、と思ったのは、2023年の秋、ミチコさんのアトリエがある三重県白山町で、大作《デコボコの舟》が、夫である建築家、大室佑介君が運営する私立大室美術館に展示されるのを見た時でした。

「私立大室美術館」と立派な名のつく美術館だから、さぞかし美術の殿堂のような場所だろうと思われるかもしれませんが、実は廃業した犬の首輪工場をDIYでリフォームした、年に1週間くらいしか開いていない美術館なのです。

 犬の首輪工場と言って驚かれるかもしれませんが、その工場はミチコさんのお祖父さんが営んでおられて、ミチコさんと大室君は10年くらい前から、かつてお祖父さんとお祖母さんが住んでおられた、三重県の山里に居を移し、今も家族と暮らしながら作品制作をされています。


 吹きっ晒しのかつて工場だった空間で、ミチコさんの《デコボコの舟》を見たのですが、ひと目見て、もしこの作品が秋野不矩美術館にやってきたらどんなに素敵だろう。

 その想いが募って、ある日不矩美術館の前館長、鈴木英司さんに宛てて中谷ミチコの作品が素晴らしいことを手紙に書いたのでした。

 そうしたら、鈴木館長が限られた大室美術館の開館日にやってきた!、とミチコさんから連絡があり、声がでるほどびっくりしました。

 館長直々の展覧会依頼の訪問だったのです。

 おととしの夏、ミチコさん、大室君と不矩美術館を訪ね、鈴木館長と展覧会のイメージを語り合ったのが昨日のことのように思い出されます。

 鈴木館長は今年3月で退官されたのですが、中谷ミチコ展は鈴木前館長の熱意と行動力で実現しました。ここにお礼を申し上げます。


撮影・稲葉真以
撮影・稲葉真以

 《デコボコの舟》を見て、秋野不矩美術館で中谷ミチコ展をと直観したのは、作品が空間を取り込んで、外から見ているにもかかわらず、内から見あげているような心地よい感覚が、秋野不矩美術館の主展示室、白い大理石で板敷された明るい聖堂のような空間を彷彿としたのではないかと思います。

 ご存知のように秋野不矩美術館は、秋野不矩作品を展示するために、藤森照信さんによって設計された建築なので、秋野不矩作品のスケールにあわせて空間が作られています。つまり、ここは秋野不矩の絵がもっとも映える場所なのです。

 が、中谷ミチコ作品も映えると感じた、その直観はどこからやって来たのでしょう。もしかすると、秋野不矩と中谷ミチコの作風は通じ合っているとの直観が働いたと考えられるのです。


 いま皆さんのお手元に、秋野不矩の《小児群像》という作品図版を用意しました。


 図版がモノクロームの印刷物の複写なのは、1973年の自宅兼アトリエの火災で作品が焼失してしまったからです。

 2点の《小児群像》は、秋野不矩29歳の時描かれた、ともに1937年、昭和12年の作です。左は同年5月に開催の第2回京都市美術展覧会に出品され、右は10月開催の第1回文展に入選したものです。

 見ての通り、とても似た絵で、図版がモノクロームな所為か、一見同じ絵かと思うくらいで、発表時期を考えると半年の間にひたすら子どもの姿を描いていたことが判ります。

 左の絵には、裸の子どもが22人くらい描かれ、右は28人くらい描かれていて、当時、2歳の次男、秋野亥左牟がモデルだったと思われます。タイトルが《小児群像》とあるように、秋野不矩が「群像」というモチーフを意識して描いた最初の作品です。

 秋野不矩には6人の子がいて、子育てをしながら制作をしていたため、必然的に子の姿がモチーフになりました。

 小児から少年、青年へと成長する過程が、秋野不矩20代後半から40代にかけて繰り返し描かれています。それも群像として描かれることが多かったのです。

 群像表現のひとつの到達点が1950年に第1回上村松園賞を受賞した《少年群像》─今回の展覧会では《少年群像》も出品されているそうなので、後ほどご覧ください─。

 《少年群像》はわたしの父、秋野 等がモデルになりました。

 裸になって、かなりキツい姿勢をさせられて「もっと腰骨をつき出してっ」とか言われながらモデルをしたと、父は話していました。


 中谷ミチコも実は子をモデルにして、つまりMeiちゃんをモチーフに、作品の中に登場させているのではないかと、きのうミチコさんに確かめてみると、「Meiにモデルになってもらう事あります」と返事がありました。そのあとすぐ、「こんなに合法的倫理的にも観察可能な他者は自分の子供以外居ませんから」と回答があって、思わず吹き出してしまいました。

 親に作家を持つ子は、影でこのような犠牲を払うことによって親孝行をしている、これも秋野不矩と中谷ミチコが通じ合っているところです。


 秋野不矩と中谷ミチコに共通する群像表現について、『中日新聞』の求めに応じて中谷ミチコの作品《影、魚をねかしつける》を紹介しました。今月末に掲載されるそうですが、今ここで読ませていただきます。


 〈グルーヴ〉という言葉はもともと音楽の世界から来た言葉である。個々のミュージシャンが互いの音を拾いあって、波に乗るように息を合わせ、聴く方も自然と体が動くような演奏を「グルーヴがある」なんて言う。わたしは中谷ミチコの群像彫刻にグルーヴを感じるのだがどうだろう。グルーヴで大切なのは音の微細なズレ。個々の人間は決して数値化できないテンポとリズムとビートを持っている。同じように思えてひとつひとつ違う。戯れる少女たち。同じ顔立ちの同じ服を着た少女たち。同じだがちょっとずつズレて合わさってうねりや波になる。そこにグルーヴが生まれる。

   ありがとうございました。

   このあとの内覧会で中谷ミチコと秋野不矩のグルーヴを感じ取ってください。




 
 
 

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