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秋野不矩 年譜 1908-2001

1908年(明治41─ 0歳

7月25日

静岡県磐田郡いわたぐん 二俣町ふたまたちょう 城山(現 浜松市天竜区二俣町)の神職の家に生まれる。

父 惣吉そうきち、母 かつのもとに、6人兄妹(女5人、男1人)の末子として生まれる。本名 ふく。

1920年(大正 9)─ 12歳

二俣尋常高等小学校(現 浜松市立二俣小学校)で図画教師 鈴木俊平の影響を受ける。鈴木の話や見せてもらった画集を通じて初めてゴーギャンやゴッホの絵にふれる。

1925年(大正14)─ 17歳

3月

静岡県立二俣高等女学校(現 静岡県立二俣高等学校)卒業。

4月

静岡県女子師範学校2部(現 静岡大学​教育学部入学。美術教師 三沢佐助の指導を受ける。

1926年(大正15)─ 18歳

3月

静岡県女子師範学校2部卒業。

4月

静岡県磐田郡横山尋常高等小学校(現 浜松市立横山小学校)へ赴任。1年生を受け持つ。

1927年(昭和 2)─ 19歳

7月

静岡県磐田郡横山尋常高等小学校を辞職。

9月

父親の勧めで、千葉県大網町の石井林響んきょう 内弟子として入門し、画室掃除や鳥の世話に明け暮れるほか、様々な書画、工芸品にふれる。

1929​年(昭和 4)─ 21歳

3月

師 林響、脳溢血症で倒れる。

11月

京都の西山翠嶂すいしょう 塾 甲社しょうこうしゃ の塾生 福田恵一(帝展作家)の紹介と、塾頭 小川翠村の取次ぎで同塾に入門。当時、堂本印象、上村松篁しょうこうらが絵を学んでいた。

1930​年(昭和 5)─ 22歳

2月

 25日

師 石井林響他界。

5月

 24日 - 26日

第7回青甲社塾展(京都岡崎第二勧業館)に《休日》を出品。

10月

 16日 - 11月20日

第11回帝展(東京府美術館)に《野を帰る》(秋野ふく名義)を出品、初入選。

1931年(昭和 6)─ 23歳

5月

 16日 - 18日

第8回青甲社塾展(京都岡崎第二勧業館)に《朝露(牛と彼岸花)を出品。

6月

青甲社研究会展に《花と少女》を出品。

10月

第12回帝展に《野良犬》を出品するが、落選となる。

1932年(昭和 7)─ 24歳
 

塾の先輩 澤 宏靱こうじんと結婚、京都市左京区田中樋口町ひのぐちちょうに住む。

5月

第9回青甲社塾展(京都岡崎公会堂東館)に《花まつり》を出品、入選。

10月

第13回帝展(東京府美術館)に《ゆあみ》を出品、入選。

雅号を不矩ふく〉とする。

大毎女流展に《青梅》を出品、入選。

1933年(昭和 8)─ 25歳

 

1月

二俣町役場の幹部らが発起人となり、〈秋野不矩後援会〉が発足する。

 4日

長男 癸巨矢きくし 誕生。

5月

第10回青甲社塾展(京都岡崎公会堂)に《ごちそう》を出品、入選。

10月

第14回帝展(東京府美術館)に《朝露》を出品、入選。

 

大阪・京都の女流7人で〈奈那久佐会ななくさかいを結成。生田花朝女いくたかちょうじょ梶原緋佐子かじわらひさこ、三谷十糸子みたにとしこ 会員。後の〈春泥社〉へとつながる。

 

1934年(昭和 9)─ 26歳

 

5月

大礼記念京都美術館展に《春閑》を出品。

(京都の各画塾は塾展を中止)

10月

第15回帝展(東京府美術館)に《ゆの後》を出品、入選。

1935年(昭和10)─ 27歳

4月

 7日

次男 亥左牟さむ 誕生。

5月

第1回京都市美術展覧会(大礼記念京都美術館/現 京都市美術館)に《百日草》を出品。

10月

(この年、帝展不開催。)

12月

父 惣吉没。翌年夏まで天竜で静養する。

《天竜川》を制作。

1936年(昭和11─ 28歳

11月

昭和11年文展監査展(東府美術館)に《砂上》を出品、入選。選奨(帝展の特選と同じ)受賞。

 

1937(昭和12)─ 29歳

5月

第2回京都市美術展覧会(大礼記念京都美術館)に《小児群像》を出品、入選。

6月

京都の女流画家の会〈春泥社〉結成参加。梶原緋佐子、三谷十糸子、広田多津ひろたたづらが同人。第1回春泥社展(京都丸物百貨店楼上)に《首夏しゅか他2点を出品。

 

10月

 16日

三男 子弦みつる 誕生

京都市東山区岡崎広道三条下る(粟田口)に転居。

 

11月

第1回新文展(東京府美術館)に《小児群像》を出品、入選。

 

1938年(昭和13)─ 30歳

3月

第11回青甲社塾展(大礼記念京都美術館)に《三人の娘》を出品。

5月

第3回京都市美術展覧会(大礼記念京都美術館に《兄弟》を出品、入選。

6月

青甲社素描展(京都大丸百貨店)に《女》を出品。

11月

第2回新文展(東京府美術館)に《紅裳こうしょう》を出品、特選を受賞。

1939年(昭和14)─── 31歳

3月

第12回青甲社塾展(大礼記念京都美術館)に《女性》を出品。

7月

青甲社小品展(大阪高島屋百貨店)に《少女》を出品。

 25日-30日

初個展(大阪大丸百貨店)

12月

橋本多聞堂新作画展日本橋東美倶楽部)に《雪崩れ》を出品。

1940​年(昭和15)─── 32歳

 

1月

 3日

長女 靱子ゆきこ 誕生。

2月

青甲社塾小品展(京都四塾連鎖展/銀座資生堂、閑尚美堂主催)に《春》を出品。

4月

大毎東日奉祝日本画展覧会(大阪毎日・東京日日新聞社主催)に《陽》を出品、大毎東日賞受賞(特選第1席)

11月

紀元2600年奉祝展大礼記念京都美術館に《朝》を出品、京都市買上げ。

12月

第2回青甲社小品展(大阪高島屋百貨店)に《錦木》を出品。

1941年(昭和16)─── 33歳

5月

新文展無鑑査に決定。以後隔年出品。

青甲社海軍献納画展に《天竜川(二題)》を出品。

1942年(昭和17)─── 34歳

5月

 23日

四男 矩之のりゆき 誕生。

第7回京都市美術展覧会(大礼記念京都美術館に《子ら》を出品。同展審査委員となる。

11月

第5回新文展(東京府美術館)に《新秋》を出品。

1943年(昭和18)─── 35歳

 

6月

第8回京都市美術展覧会(大礼記念京都美術館童女》を出品。同展参与となる。

11月

第6回新文展(東京府美術館)に《童女》を招待作品。

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1944年(昭和19)─── 36歳

4月

産業戦士贈画展(西山翠塾 甲社主催童女》を出品。

7月

平安遷都1150年奉祝京都市美術展覧会(大礼記念京都美術館秋草》を招待出品。

10月

戦時特別文展に《騎馬戦》を無鑑査出品。

12月

家主の都合により京都市美術館近くの京都市左京区岡崎法勝寺町124へ転居。

1945年(昭和20)─── 37歳

2月

 18日

五男 等ひとし 誕生。

8月

 15日

敗戦を京都で迎える。

11月

​第1回京都市主催美術展覧会(後の〈京展〉)に《秋萩》を出品。

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1946(昭和21)─── 38

10月

 16日-11月20日

​第2回日展(東京都美術館)に《姉妹》を出品。

1947年(昭和22)─── 39歳

10月

​第3回日展東京都美術館)に《桔梗》を出品。

1948(昭和23)─── 40歳

1月

 26日

日展を離れて〈創造美術〉を結成。創設時メンバーは秋野不矩のほか上村松篁、広田多津、澤 宏靱、向井久万くま、菊池隆志、奥村厚一、山本丘人ゅうじん、吉岡堅二、​高橋周ゅうそう福田豊四郎、橋本明治、加藤栄三。

9月

第1回創造美術展東京都美術館)に《作品I》《作品II》を出品。

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1949(昭和24)─── 41歳

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5月

 9日-14日

第1回創造美術春季展日本橋 丸善画廊)に《少女》を出品。

9月

京都市立美術専門学校助教授に就任。

 21日 - 10月10日

第2回創造美術展(東京都美術館)に《少年群像》を出品。

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1950(昭和25)─── 42

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4月

京都市立美術大学助教授に就任(この年大学設置認可・京都市立美術専門学校助教授兼任)

5

 23日 - 28日

第2回創造美術春季展(日本橋高島屋)に《少女》を出品。

9月

 22日 - 10月8日

第3回創造美術春季展(東京都美術館)に《少年群像》を出品。

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1951(昭和26)─── 43

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2月

 20日

《少年群像》(第3回創造美術春季展)および今日までの画績に対し第1回上村松園賞を受賞。本賞は若手女流日本画家に与えられる賞。選考委員は福田平八郎、山口蓬春、小野竹喬、山本丘人、上村松篁。

5月

第3回創造美術春季展(日本橋高島屋)に《裸婦》を出品。

9月

 10日

〈創造美術〉と〈新制作派協会〉が合流し、〈新制作協会日本画部〉となる。

10月

第15回新制作展(東京都美術館)に《裸婦》を出品。

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1952(昭和27)─── 44

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4月

新制作春季展(日本橋三越)に《少女》を出品。

9月

第16回新制作展(東京都美術館)に《立てる女》を出品。

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1953(昭和28)─── 45

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4月

新制作春季展(日本橋三越)に《花》を出品。

5月

第2回日本国際美術展(東京都美術館/毎日新聞社主催)に《五月》を出品。

9月

第17回新制作展(東京都美術館)に《坐す》を出品。

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1954(昭和29)─── 46

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1月

第1回女流3人展〈秋野不矩・小倉遊亀・三岸節子〉銀座松坂屋)を開催。以後5回開催される。

4月

新制作春季展(銀座松坂屋)に《裸童》を出品。

9月

第18回新制作展(東京都美術館)に《裸婦》を出品。

10月

​奥村厚一・秋野不矩二人展(京都大丸)を開催。

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1955(昭和30)─── 47

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4月

新制作春季展(京都市美術館)に《眠る子供》を出品。

5月

第3回日本国際美術展(東京都美術館)に《裸童》を出品。

9月

第19回新制作展(東京都美術館)に《立像》を出品。

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1956年(昭和31)─── 48歳

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4月

新制作春季展(京都市美術館)に《青年立像》《静物》を出品。

5月

第2回現代日本美術展(東京都美術館/毎日新聞社ほか主催)に《青年》を出品。

9月

第20回新制作展(東京都美術館)に《裸童》を出品。

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1957年(昭和31)─── 49歳

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4月

新制作春季展(京都市美術館)に《青年像》を出品。

5月

第4回日本国際美術展(東京都美術館)に《裸婦》を出品。

9月

第21回新制作展(東京都美術館)に《男の像》《女の像》を出品。

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1958年(昭和33)─── 50歳

4月

新制作春季展(京都市美術館)に《猫》を出品。

9月

第22回新制作展(東京都美術館)に《風景》《静物》を出品。

オーストラリア・ニュージーランド巡回日本美術展(東京国立近代美術館)に《坐す》を出品。

​同展は11月よりオーストラリア・ニュージーランドを巡回。

10月

澤 宏靱と離婚。

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1959年(昭和34)─── 51歳

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4月

新制作春季展(京都市美術館)に《猫(花の猫)》を出品。

5月

第5回日本国際美術展(東京都美術館)に《花の猫》を出品。

9月

第23回新制作展(東京都美術館)に《州(洲)》を出品。

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1960年(昭和35)─── 52歳

4月

新制作春季展(京都市美術館)に《静物(花》を出品。

5月

第4回現代日本美術展に《暮れる海》を出品。

9月

第24回新制作展(東京都美術館)に《人物(立像A)(立像B)》を出品。

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1961年(昭和36)─── 53歳

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4月

新制作春季展(京都市美術館)に《静物》を出品。

5月

第6回日本国際美術展(東京都美術館)に《少年と猫》を出品。

9月

第25回新制作展(東京都美術館)に《女たち(黒髪)》を出品。

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1962年(昭和37)─── 54歳

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5月

第5回現代日本美術展(東京都美術館)に《椅る女》を出品。

7月

インド初滞在(1年間)。西ベンガル州のサンティニケタンSantiniketan ビスバ・バラティ大学Visva-Bharati University(現 タゴール国際大学)客員教授として招かれる。サンティニケタンのほかアーグラのタージ・マハル、ラジャスタン、ジャイプール、アジメール、ウダイプール、バトナー、ブバネシュワール、プーリーなど、インド各地を訪れる。

1972年昭和47)─── 64歳​​

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4月

新制作春季展(京都市美術館)に《乾季》を出品。

9月

第35回新制作展(東京都美術館)に《アフガニスタン風景(アフガニスタン)》を出品。

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1973年昭和48)─── 65歳​​

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4月

新制作春季展(京都市美術館)に《インド》を出品。

7月

京都市左京区岡崎法勝寺町124の自宅兼画室を全焼。

11月

京の百景展(京都府総合資料館・京都府主催)に《平安神宮》を出品。

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1974年昭和49)─── 66歳​​

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2月

京都市左京区八瀬近衛町に移転。

3月

京都市立芸術大学美術学部教授を退任。

4月

新制作春季展(京都市美術館)に《静物》を出品。

5月

 25日

新制作協会から日本画部が退会し、創画会を結成。会員となる。

5月

インド旅行(約1年間)。ケララのヒンドゥ寺院壁画調査、ラジャスタン、ベナレス、エローラ、アジャンター、ボンベイ、バンガロール、ネパール、パトナー、デリー、マトゥラー、バーミヤン(アフガニスタン)、ビカネール、ジャイサルメール、バンジャミール、ヘラートおよびペルセポリス(イラン)などへ。

7月

京都市市立芸術大学名誉教授となる。

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1975年昭和50)─── 67歳​​

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5月頃

インド旅行から帰国。

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1976年昭和51)─── 68歳​​

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4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《カミの泉》を出品。

10月

第3回創画展(東京都美術館)に《カミの泉II》を出品。

10月

京都市左京区八瀬近衛町の自宅兼画室、火災。

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1977年昭和52)─── 69歳​​

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4月

インド旅行(約1年間)。カルカッタ、オリッサ、サンチ、ヴィデシャ、ハイデラバード、グジャラート、ラージコート、ボンベイ、ドゥワラカ、ハッシュドマタ、オカ、ジュナガート、アーメダバード、ギルナー山、ジャイサルメールなどへ。

11月

 3日 - 27日

「戦後日本画の一系譜 創造美術・新制作・創画の30年」(京都市美術館)に《少年群像》《平原》《カミの泉II》を出品。

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1978年昭和53)─── 70歳​​

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4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《行者シヴァ》を出品。

5月

マラリアで倒れる。

10月

第5回創画展(東京都美術館)に《黄土》を出品。

11月

京都市文化功労者表彰。

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1979年昭和54)─── 71歳​​

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4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《女神ナギニー》を出品。

5月

 19日 - 6月20日

「京都画壇100年の名作展」(京都市美術館)に《室内》を出品。

10月

第6回創画展(東京都美術館)に《ガンガー》を出品。

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1980年昭和55)─── 72歳​​

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3月

朝日画廊5周年日本画20年展に《女神ヤクシニー》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《ヤクシニー》を出品。

10月

第7回創画展(東京都美術館)に《残雪》を出品。

10月

京都府北桑田郡美山町の三男 子弦みつる宅の隣に画室をもつ。

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1981年昭和56)─── 73歳​​

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1月

第1回現代女流画家展(高島屋)に《チャンパーの花》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《ヤムナー女神》を出品。

10月

第8回創画展(東京都美術館)に《初冬》を出品。

10月

京都府美術工芸功労者に表彰。

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1982年昭和57)─── 74歳​​

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1月

第2回現代女流画家展(高島屋)に《糸》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《サラスヴァティ》を出品。

9月

インド旅行(約3ヶ月)。インド人画家ナンダラ・ボーズ生誕100年祭に出席。サンティニケタンSantiniketan 、ヴィシュヌプール、マドバニ村、マドライ、マハバリプラム、カンチプラム、アマラバティ、ナガールジュナコンダ、ハイデラバードなどへ。

10月

第9回創画展(東京都美術館)に《砂漠の街》を出品。

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1983年昭和58)─── 75歳​​

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1月

第3回現代女流画家展(高島屋)に《土の家》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《サリーの女》を出品。

10月

第10回創画展(東京都美術館)に《土の祈り》を出品。

 

《池のほとり》《女神ドルガ》を制作

11月

天竜市(現 浜松市)名誉市民となる。

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1984年昭和59)─── 76歳​​

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1月

「美しきものとの出会い 井上 靖展 忘れえぬ芸術家たち」(横浜高島屋/毎日新聞社主催)に《紅裳》《女神ヤクシニー》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《廻廊》を出品。

7月

「'84美術選抜展」(京都府芸術文化協会主催)に《土の祈り》を出品。

10月

第11回創画展(東京都美術館)に《たむろするクーリー》を出品。

11月

 10日 - 12月9日

「近代日本画における風俗画展」(京都市美術館)に《紅裳》を出品。

 

《ナーガー・ナギニー像》《白い扉》《中庭の祈り》《七母神》《裏町(カルカッタ)》《ブラーミンの家》《唄うバウル(吟遊詩人)》《テラコッタの寺院》《壁を塗る》《海辺のコテージ》を制作。

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1985年昭和60)─── 77歳​​

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2月

 27日 - 4月24日

「女流画家インドを描く 秋野不矩自選展」(大丸梅田店、大丸京都店、西武池袋店、浜松市美術館/毎日新聞社主催)を開催。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《女神ナギニー》を出品。

8月

京都市美術館評議員に就任。1986年の京展より審査員を始める。

9月

 14日 - 10月20日

「美の女性200年展─日本画の流れに見る─」(西宮市大谷記念美術館)に《朝》を出品。

10月

第12回創画展(東京都美術館)に《土の家》を出品。

《水の女神》を制作。

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1986年昭和61)─── 78歳​​

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1月

第27回毎日芸術賞を受賞

3月

インド旅行。カルカッタ、マドラス、マハバリプラム、マドライ、ケララ、スリランカ、オリッサ、ベナレスなどへ。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《三菩薩像》を出品。

5月

『現代女流画家素描集 - 人 -』『現代女流画家素描集 - 静物・風景 -』(日本経済新聞社)を出版。

9月

 11日 - 1987年1月20日

「京の四季展」(京都府主催)に《上げ松(鶴ヶ丘)》を出品。

10月

第13回創画展(東京都美術館)に《廻廊の壁画》を出品。

1987年昭和62)─── 79歳​​

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1月

第7回現代女流画家展(高島屋)に《ベンガルの祈り》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《土の家》を出品。

6月

日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《土の家》を出品。

10月

第14回創画展(東京都美術館)に《石柱》を出品。

《土の家A》《土の家B》《土の家C》《地の祈り》《プージャの供物を運ぶ女たち》《沐浴》《村童》《女神ドルガ》《供華・ベンガルの祈り》《供華・プージャ(ベンガル)》《供華・カーリー女神》《散華》《散華》《土偶》《リリシュナチュラ》《古面シリーズ》《地の祈り》を制作。

1988年昭和63)─── 80歳​​

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1月

第8回現代女流画家展(高島屋)に《供華》を出品。

2月

 22日- 4月5日

「秋野不矩作品展」(彩鳳堂画廊(東京)、大丸京都店、大丸心斎橋店、ギャラリー・アートデューン)を開催。23点を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《朝の祈り》を出品。

5月

第1回京都美術文化賞を受賞。

インド旅行。ボンベイ、グジャラート、カッチ地方、ゴア、ケララ、オリッサなどへ。

6月

第9回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《廻廊の壁画》を出品。

9月

 9日- 10月14日

なにわ塾「日本画を語る」(大阪府立文化情報センター/コーディネーター榊原吉郎)で全5回の講話。

10月

第15回創画展(東京都美術館)に《女人群像》を出品。

《天竜川》を制作。

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1989年昭和64/平成元)─── 81歳​​

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1月

第9回現代女流画家展(高島屋)に《捧灯》を出品。

2月20日- 12月31日

毎日新聞朝刊連載小説「山の暮れに」(水上勉 みずかみつとむ )の挿絵を担当。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《廃墟 I 》を出品。

6月

第11回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《土の家 B》を出品。

10月

第16回創画展(東京都美術館)に《廃墟 II 》を出品。

 17日 - 11月6日

「昭和の日本画100選」(日本橋三越/朝日新聞主催)に《たむろするクーリー》を出品。

11月

 13日 - 30日

「土を喰う日々五人展」(ギャラリー若州赤土舎)を開催。水上勉、灰谷健次郎、田島征彦、渡辺淳、秋野不矩が出品。

1990年平成2)─── 82歳​​

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1月

第10回現代女流画家展(高島屋)に《ココナツを持つ女》を出品。

3月

『日本画を語る』なにわ塾第33巻(ブレーンセンター)を出版。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《廃墟 III 》を出品。

 1日 - 9月30日

「国際花と緑の博覧会 花と緑・日本画美術館展」(大阪鶴見緑地)に《讃華》を出品。

5月

第43回中日文化賞受賞。

6月

第12回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《廃墟》を出品。

10月

第17回創画展(東京都美術館)に《シヴァ寺院 I 》を出品。

11月

 1日 - 29日

「1950年代 京都の日本画」(京都市美術館)に《少年群像》《裸童》《青年立像》《猫》を出品。

1991年平成3)─── 83歳​​

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1月

 12日 - 2月1日

創画会巨匠展(名都美術館)に《ガンジス河畔の少女》《中庭の祈り》を出品。

第11回現代女流画家展(高島屋)に《紅衣》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《沼 》を出品。

5月

 18日 - 7月14日

「近代日本画の精華」(山種美術館)に《中庭の祈り》《裏町(カルカッタ)》を出品。

6月

第13回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《シヴァ寺院 I 》を出品。

7月

 21日

NHK「日曜美術館 アトリエ訪問 秋野不矩」(聞き手 宇佐美圭司)に出演。

インド旅行。オリッサ、ブバネシュワール、ウダヤギリ、カルカッタ、ヴィシュヌプールなどへ。

9月

 20日 - 10月6日

「秋野不矩・柳沢紀子・吉澤美香3人展」(ギャラリー アート・デューン)を開催。

10月

第18回創画展(東京都美術館)に《ウダヤギリ I 》を出品。

 19日 - 12月1日

「からだのイメージ展」(静岡県立美術館)に《裸童》を出品。

11月

 3日

文化功労者に顕彰。

《雨雲》を制作。

​​

1992年平成4)─── 84歳​​

​​​​​​​

1月

 30日 - 3月24日

「近代日本画に見る女性とその装い展」(横浜高島屋など/朝日新聞社主催)に《朝の祈り》を出品。

2月

 27日 - 3月10日

「いのちの賛歌─京都・日本画100年」(京都府主催)に《深山の春》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《ウダヤギリ僧房 I 》を出品。

6月

第14回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《ウダヤギリ I 》を出品。

 18日 - 23日

「秋野不矩・下 保昭・水上 勉 三人展」(大丸京都展)を開催。

9月

 5日 - 13日

「秋野不矩 日本画展」(天竜市立中央公民館/天竜市文化協会主催)を開催。

10月

第19回創画展(東京都美術館)に《ヴィシュヌプール寺院》を出品。

11月

 5日

『画文集 バウルの歌』(筑摩書房)を上梓。

 11日 - 12月19日

個展「秋野不矩 インド」(佐賀町エキジビット・スペース)を開催。

​《ナヴァグラハ(九曜星)》《雨雲》《渡河》《ウダヤギリ II 》《ウダヤギリ僧房 II 》《テラコッタ寺院》《ヴァラーハ(ヴィシュヌ化身 猪)》《民家(ブバネシュワールオールドタウンA)》(素描) 《民家(ブバネシュワールオールドタウンB)》(素描)を出品。

12月

 10日

秋野不矩 インド(京都書院)を上梓。

1993年平成5)─── 85歳​​

​​​​​​​​​

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《九曜星》を出品。

5月

 9日 - 6月6日

「くらしの情景 展」(姫路市美術館)に《紅裳》を出品。

 13日

前年の個展「秋野不矩 インド」(佐賀町エキジビット・スペース)が評価され第25回日本芸術大賞(財団法人 新潮文芸振興会)を受賞。

6月

第15回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《ヴィシュヌプール寺院》を出品。

8月

インド旅行。サンティニケタン Santiniketan 、アグラ、タージマハル、カジュラホ、ベナレス、ブバネシュワール、プーリ、コナラク、カルカッタなどへ。

10月

 9日 - 1994年4月24日

「秋野不矩 展」(静岡県立美術館、高島屋大阪展、京都市美術館、下関大丸/毎日新聞社ほか主催)を開催。84点を出品。

第20回創画展(東京都美術館)に《民家(ブバネシュワールオールドタウンB)》を出品。

11月

 20日 - 28日

「秋野不矩のインド(写真・素描)展」(天竜市立中央公民館/天竜市文化協会主催)を開催。

1994年平成6)─── 86歳​​

 

1月

第15回現代女流画家展(高島屋)に《雨》を出品。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《村落(カジュラホ)》を出品。

5月

 31日 - 6月12日

「平安建都1200年記念 美術選抜 展」(京都市美術館に《女人石像》を出品。

 13日

前年の個展「秋野不矩 インド」(佐賀町エキジビット・スペース)が評価され第25回日本芸術大賞(財団法人 新潮文芸振興会)を受賞。

6月

第16回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《民家(ブバネシュワールオールドタウンB)》を出品。

9月

 15日 - 1995年1月29日

「京都画壇250年の系譜 展」(高島屋京都店/京都新聞社ほか主催)に《ウダヤギリ僧房 II 》を出品。

10月

 9日 - 1994年4月24日

「秋野不矩 展」(静岡県立美術館、高島屋大阪展、京都市美術館、下関大丸/毎日新聞社ほか主催)を開催。84点を出品。

第21回創画展(東京都美術館)に《パラスラメスバー寺院(オリッサ)》を出品。

 21日 - 11月27日

「創造美術の創立会員たち 展」(松伯美術館)に《少年群像》《カミの泉 II 》を出品。

《アグラ風景》を制作。

1995年平成7)─── 87歳​​

 

1月

 15日 - 2月4日

「秋野不矩 個展(ギャラリー アート・デューン)に《九曜星》を出品。

2月

 3日 - 3月26日

「戦後日本画の新しい波─山本丘人と仲間たち 展」(松柏美術館)に《シヴァ寺院》《雨雲》を出品。

 2月末 - 3月頃

脳梗塞により長岡京市の新川端病院に入院。

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《帰牛》を出品。

5月

 27日

「土曜美の朝〜日本画家 秋野不矩」(NHKを放送。

6月

第17回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《村落(カジュラホ)》を出品。

9月

 15日 - 1995年1月29日

「京都画壇250年の系譜 展」(高島屋京都店/京都新聞社ほか主催)に《ウダヤギリ僧房 II 》を出品。

10月

第22回創画展(東京都美術館)に《リンガラージャ寺院 I(後 ラージャラーニ寺院 I )》《リンガラージャ寺院 II(後 ラージャラーニ寺院 II )》を出品。

 6日 - 11月5日

「昭和20年代の日本画 展」(島根県立美術館)に《少年群像》を出品。

11月

 1日 - 12月10日

「日本の心に薫る桜と菊 展」(神宮美術館)に《桜花図》を出品。

12月

インド、カンボジア旅行。デリー、ブバネシュワール、プーリ、コナラク、アンコール・ワット(カンボジア)などへ。

《ナギニー(竜神)》を制作。

1996年平成8)─── 88歳​​

 

2月

 カンボジア(アンコール遺跡)を旅行

4月

京都春季創画展(京都市美術館)に《廻廊(アンコールワット)》を出品。

6月

第18回日本秀作美術展(読売新聞社主催)に《帰牛》を出品。

9月

 30日

天竜市立秋野不矩美術館(現 浜松秋野不矩美術館)起工式を挙行

10月

第23回創画展(東京都美術館)に《石獅子(アンコールワット)》を出品。

 26日

京都府あけぼの賞受賞。

インド旅行(約1ヶ月)。デリー、ジャイプール、ウダイプール、ジャイサルメール、ジョードブル、バンガロール、マイソール、ハレビード、ベルール、マンガロール、ムンバイなどへ。

11月

 2日 - 26日

「今日の三人展─秋野不矩・北村武史・芝田米三一」(京都四条ギャラリー)に《ヴァラーハ(ヴィシュヌ化身 猪)》を出品。

12月

 7日 - 29日

「秋野不矩・八木幾朗 二人展」(ギャラリー アート・デューン)を開催。

​《残雪》を制作。

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